日本映画

映画レビュー「アンダーカレント」

2023年10月5日
夫が失踪した。そして、謎の男が現れた。二人の男が抱える秘密、そして、かなえ自身の心の秘密が、徐々に浮かび上がる。

心の奥底から浮かび上がるもの

東京下町で銭湯を営むかなえ。夫の悟が失踪し、途方にくれたまま休業を続けていたが、気を取り直し、再開に踏み切る。昔から一緒に働いてくれているパートの女性と二人三脚で、薪割りから番台、掃除までこなす多忙な日々が始まった。そんなある日、見知らぬ男が訪ねてくる。

堀と名乗るその男は、銭湯組合から紹介されて来たと言う。不在となった夫の穴を埋める働き手を探していたかなえが組合に依頼していたのだ。

ちょっとした手違いから住み込みで働くことになった堀は、自分の身の上は何も語らず、黙々と仕事をこなした。かなえは、無口だが誠実な堀の働きぶりに満足し、徐々に異性としても惹かれていく。

劇中に美しくはあるが不穏な映像がたびたび挿入される。かなえが水中に沈められ、首を絞められる夢である。後に、かなえはその夢を堀に語り、それが自分の望みであることを明かす。

しかし、堀はその話にも無反応である。やがて、かなえは堀が募集に応じて来たのではなく、自ら組合に売り込んでかなえの銭湯に職を求めたという事実を知る。

要するに、かなえは3つの謎をかかえている。第一は、なぜ夫は失踪したのか。第二は、なぜ堀がかなえの銭湯にやって来たか。そして第三が、かなえの見る夢である。

かなえの大学時代の友人で失踪した夫の友人でもあった菅野は、自分の夫の友人で私立探偵の山崎をかなえに紹介。かなえは夫の失踪の謎に迫っていく。

探偵役のリリー・フランキーが、ともすれば沈鬱に傾きがちな本作にユーモアを吹き込み、作品にほどよい軽みを与えている。

次々と暴かれる夫の嘘に戸惑いながらも、かなえが平静を保ち得ているのは、山崎のキャラが大きいのではないか。見た目の印象とは違ってデリカシーを備えた紳士、山崎。リリー・フランキー、好演である。

とは言え、失踪の謎は依然として分からず、夫の安否も居住地も不明なままだ。堀の秘密、かなえの夢の秘密も解明されない。そして、ある事件が起こる。

その事件は抑圧してきたかなえの記憶を甦らせ、同時に堀が隠してきた過去をも照らし出す。そこに、さらなる展開が訪れて――。

人の心の奥底には闇がある。ほとんどの者はその闇に気づくことも触れることもなく、平穏な日常を過ごしていく。しかし、あるきっかけで、その闇がふっと浮かび上がり、人は心のバランスを崩してしまう。

タイトルの「アンダーカレント」。映画の冒頭にその意味が示される。いわく、下層の水流、底流、暗流。不意に姿を見せる下層の意識が、かなえ、堀、そして悟の精神を揺さぶり、人生を変えていくのである。

豊田徹也の同名漫画の映画化。「愛がなんだ」(19)、「かそけきサンカヨウ」(21)、「ちひろさん」(23)に続き、脚本の澤井香織と4度目のタッグを組んだ今泉力哉監督が、人間の深層心理に迫った異色のミステリー映画を生み出した。

映画レビュー「アンダーカレント」

アンダーカレント

2023、日本

監督:今泉力哉

出演:真木よう子、井浦新、リリー・フランキー、永山瑛太、江口のりこ、中村久美、康すおん、内田理央

公開情報: 2023年10月6日 金曜日 より、新宿バルト9他 全国ロードショー

公式サイト:https://undercurrent-movie.com

コピーライト:© 豊田徹也/講談社 🄫2023「アンダーカレント」製作委員会

配給:KADOKAWA

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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