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第36回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス「湖の紛れもなき事実」

2023年11月28日
ドゥテルテ独裁下のフィリピン。正義感あふれるヘルメス警部補は、15年前の未解決事件を追って、ひとり捜査にのめり込んでいく。

独裁政治が生んだ犠牲者たち

冒頭に映されるのは、罪もない市民の死体だ。麻薬密売人の濡れ衣を着せられ殺されたのだ。麻薬取締りに血道を上げるドゥテルテ政権。その行き過ぎた暴力が、社会を震撼させている。

そんなドゥテルテの圧政にかねて怒りを感じてきた警部補のヘルメスは、かつて警察学校の同期だった女性上司に、警察官たる者の使命を滔々(とうとう)と述べると、15年前に起きた未解決事件の捜査を再開する。

前作「波が去るとき」と同じく、主人公はヘルメス警部補である。前作では、激務によるプレッシャーでヘルメスが重い皮膚病を患い、それがストーリーの相当部分を支配するという、かなり変則的な作品となっていたが、本作はそれに比べるとオーソドックスな作品と言えるだろう。

ただし、それはラヴ・ディアス監督の作品としてはということであり、通常の犯罪もの、刑事ものとは似ても似つかない、異常な作品であることは言うまでもない。

ヘルメスは、映画スターである一方、高級娼婦との噂もあったエスメラルダ・スチュアートの失踪事件を追う。エスメラルダを知る者一人ひとりにあたり、手がかりを探していくのである。

だが、結果は芳しくない。捜査は一向に進展しないのだ。映画は、ヘルメスの実りない捜査の様子を、ディアス監督の代名詞とも言える超長回し撮影で見せていく。

通常、長回しはシーンの緊張感を途切れさせないようワンカットで一気に見せるテクニックだが、ディアスの場合は、いつまで待っても画面は変わらず、ただ徒(いたずら)に時間が経過するだけのように見える。ハリウッド的な発想では、いくらでも刈り取れる時間を、ディアスは一切削らないのだ。

では、そんな映像が退屈かというと、そうではないのが不思議である。完璧な構図に漲(みなぎ)る空気の濃密さは、次なる瞬間に生じるかもしれない変異を見る者に期待させ続けるのである。

実際、意表を突くようなシーンは現れる。例えば、フィリピン・イーグル(猿食い鷲)の衣装を着た男女による前衛的なダンスパフォーマンスだ。

フィリピンでは、森林の伐採によりフィリピン・イーグルが絶滅の危機にある。ダンサーたちは、パフォーマンスにより、フィリピン・イーグルの保護を訴えているのだが、失踪したエスメラルダは、このダンス集団のまさに中心人物だったのだ。

捜査が難航する中、ヘルメスは自らもフィリピン・イーグルの衣装を着込んで、子供たちを追い回す。ふざけたシーンのようだが、これは、エスメラルダとの共闘宣言であり、政権に対するラヴ・ディアスのレジスタンスでもあるだろう。

第36回東京国際映画祭 ワールド・フォーカス「湖の紛れもなき事実」

湖の紛れもなき事実

2023、フィリピン/フランス/ポルトガル/シンガポール/イタリア/スイス/イギリス

監督:ラヴ・ディアス

出演:ジョン・ロイド・クルーズ、ヘイゼル・オレンシオ、シャイーナ・マグダヤオ

公式サイト:https://2023.tiff-jp.net/ja/

コピーライト:© Films Boutique

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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