外国映画

映画レビュー「ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女」

2025年2月6日
ジャズシンガーを夢見ていた若きユダヤ人女性、ステラ。アウシュヴィッツ行きを逃れるため、ナチスに協力し密告者となるが――。

生き延びるための選択

1940年8月、ベルリン。冒頭シーンで若者たちが演奏しているのは「シング・シング・シング」。ベニー・グッドマン&ヒズ・オーケストラのバージョンで知られるスイングジャズの名曲だ。

ボーカルを担当しているのは、本作のヒロインであるステラ、18歳である。金髪で華があり、スター的存在。いつかブロードウェイのステージに立つことを夢見て、日々、同じユダヤ人の仲間たちと練習に励んでいる。

しかし、パリを陥落させて勢いづくナチスドイツは、ユダヤ人の弾圧を強化し、ステラたちも例外ではなかった。渡米のためのパスポート取得どころか、一歩間違えると逮捕されてしまう。殺伐とした空気が街を支配する。

ここから、映画は一気に43年2月へと飛ぶ。バンド仲間の一人と結婚していたステラは、ユダヤ人の証しである黄色い星を胸に付け、軍需工場へ強制労働に駆り出されている。

バスに乗っても着席は許されず、狭いスペースに追いやられる。露骨な差別と敵意が広がる中、アウシュヴィッツへの移送と虐殺が噂される。ユダヤ人にとって、状況はますます過酷になっていく。

そんな中、ユダヤ人の一斉検挙でステラの夫は連行されてしまう。しかし、ゲシュタポの目を恐れながらも、ステラはドイツ将校と付き合い、身分証を偽造するロルフを恋人にするなど、したたかに生き抜いていく。

だが、そんなステラもついに逮捕されてしまう。ナチスに寝返ったバンド仲間に密告されたのだ。

連行されたステラがゲシュタポの拷問を受けるシーンには、思わず目を背けてしまう。殴られ蹴られ血塗れにされ、歯も折られる。歯の治療を受けた後、隙を見て病院から逃げ出すものの、再び捕まってしまう。

希望を砕かれ、尊厳を蹂躙されたステラ。生き残るには、自分も密告者になるしかない。ユダヤ人同胞に連絡し、カフェやレストランなどに誘い出す。電話で通報し、駆けつけたゲシュタポが逮捕する。

ステラの行動には少しの躊躇もない。それでも、捕まったユダヤ人の恨めしそうな視線に射られると、さすがに呵責の念が顔に浮かぶ。ひと口に悪人と言い切ることのできないこの複雑な人物像を、「水を抱く女」(2020)の名女優パウラ・ベーアが、ニュアンス豊かに演じ、本作に鮮烈なリアリティを与えている。

己の保身のために仲間や友人を裏切るなんてことは、よくある話である。それが本作のような極限状況における選択であれば、なおさらだ。誰だってステラになり得るのだ。

だからこそ、そんな状況が生まれないよう警戒が必要なのだ。世界中に危険な空気が漂う今日だからこそ、見るべき一本。

ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女

2023、ドイツ/オーストリア/スイス/イギリス

監督:キリアン・リートホーフ

出演:パウラ・ベーア、ヤニス・ニーヴーナー

公開情報: 2025年2月7日 金曜日 より、新宿武蔵野館他 全国ロードショー

公式サイト:https://klockworx.com/movies/stella/

コピーライト:© 2023 LETTERBOX FILMPRODUKTION / SevenPictures Film / Real Film Berlin / Amalia Film / DOR FILM / Lago Film / Gretchenfilm / DCM / Contrast Film / blue Entertainment

配給:クロックワークス

文責:沢宮 亘理(映画ライター・映画遊民)

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